宇都宮地方裁判所 平成10年(ワ)193号 判決
原告 A
原告 B
右両名訴訟代理人弁護士 高瀬孝男
同 太田うるおう
同 小林正憲
被告 栃木県
右代表者知事 渡辺文雄
右訴訟代理人弁護士 澤田利夫
右訴訟復代理人弁護士 澤田雄二
右指定代理人 塩田彦藏
同 梅澤榮一
主文
一 被告は、原告ら各自に対し、それぞれ金三九八万九四四三円及びこれに対する平成一〇年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。
理由
第一請求
被告は、原告ら各自に対し、それぞれ金三九八九万四四三五円及びこれに対する平成一〇年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要等
本件は、高校生であった亡C(以下「亡C」という。)が自動二輪車で走行中に事故死した事件について、同人の両親である原告両名が、交通取締り中の栃本県喜連川警察署警察官において、主位的に、右自動二輪車を停止させようとしてアタッシュケースを投げつけたことが右事故の原因であると主張し、また予備的に、数十枚の書類の入った封筒を振り下ろしたために右書類が飛び散り、亡Cの視界が遮られ、あるいは驚愕したことが右事故の原因であると主張して、被告栃木県に対し、国家賠償法一条一項に基づいて損害賠償を請求した事案である。
一 前提となる事実(当事者間に争いのない事実を含む。認定事実には証拠を掲げる。)
1 事故の発生
平成一〇年二月三日午後三時一五分ころ、栃木県塩谷郡喜連川町大字下河戸一四二〇番地において、亡Cの運転する自動二輪車(以下「本件自動二輪車」という。)が、氏家町方面から大田原市方面に向けて主要地方道大田原・氏家線を北進中、道路沿いにある大和鋼管工業株式会社関東工場親和寮の大谷石塀に接触した上、同寮の北側門柱に激突し、道路上に転倒した(以下「本件事故」という。)。
2 亡Cの死亡
右事故の結果、亡Cは頭蓋骨骨折、顔面挫滅創、右下顎骨骨折及び左大腿骨骨折の傷害を負い、もって、平成一〇年二月三日午後三時五二分、脳挫傷により死亡した(甲二)。
3 栃木県警察官五名は、本件事故当時、本件事故現場付近の大田原・氏家線において、大田原市方面から氏家町方面へ南進する車両を対象に速度違反の取締りを実施していた。その中の一人であるD巡査長(以下「D巡査長」という。)は、北進してきた亡C運転の本件自動二輪車を制限最高速度違反等の交通法規に違反しているものと認めて停止させようとして、右手を振り下ろすような動作をし、その直後、速度測定報告書用紙数十枚が空中に飛び散った(右手を振り下ろすような動作の具体的態様及び右動作をして用紙が飛び散った時期と本件自動二輪車の通過の先後関係について、当事者間に争いがある。)。
4 原告両名は、亡Cの両親で、その相続人である(甲三)。
二 争点
1 D巡査長の違法な故意又は過失行為及び本件事故との因果関係の有無
(本件事故の発生原因)
(一) D巡査長が、本件自動二輪車に対してアタッシュケースを投げつけたか否か。
(二) 仮に(一)が認められない場合、D巡査長が速度測定報告書用紙数十枚在中の封筒を右手で振り下ろすような動作をし、用紙が飛び散ったのは、本件自動二輪車の通過前ないし通過中か、それとも通過後か(本件事故との因果関係)。また、右行為が違法な過失行為といえるか。
2 損害額
3 亡Cの過失の存否及び過失割合(予備的主張)
三 争点に関する原告らの主張
1 争点1について
本件事故の原因は、D巡査長が、本件自動二輪車を停止させようとして、至近距離からアタッシュケースを投げつけたことにある。
仮に右主張が認められないとしても、D巡査長が、本件自動二輪車を停止させようとして、右手に所持していた速度測定報告書用紙数十枚在中の封筒を右肩付近から下に振り下ろしたため、右用紙が本件自動二輪車の進路上に飛び散り、亡Cの視界を遮り、あるいは同人を驚愕させてその運転操作を誤まらせたことが本件事故の原因であり、D巡査長の右行為は亡Cの運転に重大な影響を与え、これを妨害したものである。
したがって、被告は、D巡査長の違法な故意又は過失行為によって本件事故を発生させ、原告らに損害を与えたのであるから、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償責任を負う。
2 争点3について
亡Cに何らの落ち度がなかったと主張するものではないが、ヘルメットの不着用や本件自動二輪車の改造が損害の発生・拡大にどの程度影響したかは証明されておらず、また、その速度を過大に評価すべきでない。
四 争点に関する被告の主張
1 争点1について
本件事故は亡Cの自招事故であり、D巡査長の行為とは無関係である。
亡Cは、午後三時一五分ころ、ヘルメットを着用しないで変形ハンドルの自動二輪車を運転し、エンジンの爆音をあげながら制限最高速度毎時四〇キロメートルのところ時速約六〇キロメートルで北進してきたため、交通取締りにあたっていた警察官三名はそれぞれ停止合図をしたが、亡Cはこれを無視し、敢えて急加速して時速約八〇キロメートルで突破したため、D巡査長も、右三名の停止合図とほぼ同時期ころ右手に封筒を持っていすから立ち上がり、停止行為を大きく見せるため、これを右肩から振り下ろすように差し出して停止合図をしたところ、亡Cは、変形ハンドルの中に顔を埋めるようにしながら更に加速し、車体をやや左に傾けながら逃走しようとして、速度過大とハンドル操作不適切のため、本件事故が発生した。
D巡査長が、封筒を持った右手を振り下ろすように差し出した時には、既に本件自動二輪車は通過した後であり、その風圧等によって封筒から飛び出した用紙が宙に舞ったものにすぎず、用紙が亡Cや本件自動二輪車に接触したとか、亡Cの視界を遮ったことは全くなく、Dの右行為と本件事故との間に因果関係はない。
そして、交通法規に明白に違反し、かつ停止合図に従わず逃走を図って疾走してくる自動二輪車に対して、停止合図として封筒を振り下ろすように差し出す行為は、法令に基づいた正当な行為であり、本件自動二輪車の直前に出て同人を狼狽・驚愕させるような方法で停止させたり、物理的に停止させた事実もないから、何ら違法とはいえない。
2 争点3について
仮に、D巡査長の行為に何らかの違法性が認められるとしても、亡Cには、前記1記載の違法かつ危険な行為があったほか、本件は亡Cがヘルメットを着用していなかったことが重大な損傷を発生させた原因であるところ、亡Cにはその着用を怠った過失もあり、本件損害のほとんどが過失相殺されるべきである。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
1 証拠(甲五ないし九、乙一ないし七、証人E、同D、同I、原告本人A)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 現場付近の状況
本件事故現場は、南北に走る主要地方道大田原・氏家線(以下「県道」ともいう。)の東側に町道(新道)が接続・交差するT字路交差点付近である。
本件事故現場付近の大田原・氏家線は、アスファルトで舗装された平坦な道路で、歩車道の区別や中央線はなく、氏家町方面からT字路交差点に向かって緩やかな左カーブとなり、T字路交差点から大田原市方面に向かって緩やかな右カーブとなる、いわゆるS字カーブになっている。T字路交差点周辺は、北西に大和鋼管工業株式会社関東工場親和寮があるほか草地や空き地等が広がり、氏家町方面からは見通しを妨げる障害物はない。交差点中央部分の幅員は三・六、七メートル、親和寮付近の幅員は四メートル強で、栃木県公安委員会により最高速度毎時四〇キロメートルの速度規制がなされている。
大田原・氏家線の東側に接続・交差する町道は、アスファルトで舗装された幅員八メートル強の道路で、その北側には縁石で仕切られた歩道がある。
親和寮は、T字型交差点北西側に位置し、その東側の道路沿いには大谷石塀があって、中央部分が大谷石の門柱で仕切られる出入口となっている。
T字型交差点の西側には用水堀があり、その西側は空地となっている。
(二) 交通取締りの状況
栃木県喜連川警察署警察官であるE交通課警部補、D交通課巡査長、F地域課巡査部長、G地域課巡査部長及びH地域課巡査長(以下それぞれ「E警部補」、「F巡査部長」、「G巡査部長」、「H巡査長」という。)の五名は、本件事故当日の午後三時一〇分ころから、本件事故現場付近の大田原・氏家線において、大田原市方面から氏家町に南進する車両を対象にレーダーによる速度違反等の取締りを開始した。
右取締りに当たり、警察官らは、T字型交差点北東角の町道北側の歩道上に、北側から順に、速度を感知する送受信装置、長机、いす等を設置し、現認測定・記録担当のD巡査長は、右いすに北側(大田原市方面)を向いて座り、その約二メートル南の地点に現場責任者兼取調べ担当のE警部補が、T字型交差点南東角の外側線の外側の地点に停止担当のF巡査部長が、いずれも北側(大田原市方面)を向いて立っていた。
(三) 本件事故の状況
交通取締り開始後間もなく、速度違反車両(ライトバン)があったためこれを停止させ、H巡査長が町道北側に駐車した警察のワゴン車内において右違反車両の運転者の取調べを開始し、G巡査部長が右ライトバンの速度測定報告書を持ってH巡査長のところへ行こうとしていたところ、大田原・氏家線を氏家町方面から大田原市方面へ向かって、亡Cの運転する本件自動二輪車が「バリバリ」と大きなエンジン音を轟かせながら、時速約六〇キロメートルで北進してきた。
亡Cの運転していた本件自動二輪車は、ヤマハXJR四〇〇で、マフラーから消音器が取り外されており、ハンドルもいわゆるアップハンドルといわれる変形ハンドルに改造されていた。また、亡Cは、当時ヘルメットを着用していなかった。
そこで、警察官らは、制限最高速度違反、整備不良車両運転禁止違反、ヘルメット着用違反の現行犯人と認め、F巡査部長は県道上に半歩程度踏み出して、右手に持った停止棒を水平に出し、G巡査部長はF巡査部長とE警部補の中間付近において県道上に一歩踏み出して右手を水平に出し、E警部補は両手を広げて腕を上下させて、それぞれ亡Cに対し停止するように合図したが、亡Cはこれらの停止合図を無視して時速約八〇キロメートルに加速して逃走しようとしたため、さらに警察官らは停止要求を続けた。
D巡査長は、とっさに本件自動二輪車を停止させようとして、速度測定報告書用紙(長さ縦二五・六センチメートル、横一二センチメートル。以下単に「用紙」ということもある。)七、八○枚が、一枚一枚分離した状態で入った封筒(長さ縦一七・五センチメートル、横一四・五センチメートルで上部を切り取り、開いているもの。以下「本件封筒」という。)を右手に持ち、いすから立ち上がって、右腕を曲げた状態から、肩辺りから振り下ろす動作をしたところ、封筒に入っていた用紙全部がすっぽりと抜けて飛び出し、約二メートル先を通過しようとしていた本件自動二輪車を運転中の亡Cの眼前の進路上に散乱して、進行してきた同車の風圧で舞い上がるように飛び散り、路上に落ちた。その直後、本件自動二輪車は本件事故を起こした。
なお、D巡査長は、交通取締り用のアタッシュケースを本件事故現場付近に持ってきていたが、右アタッシュケースは、大きさが縦三二センチメートル、横四二・五センチメートル、幅一〇センチメートル、重さが四・五キログラムで、蓋が九〇度に開く、プラスチック製黒色のもので、その中には、速度測定報告書用紙入りの封筒一二、三袋、レーダー取扱説明書、無線業務日誌、レーダー点検表、速度取締り番地一覧表、糊などが入っていた(以下「本件アタッシュケース」という。)。
(四) 本件事故の目撃者の目撃状況
本件事故直前に速度違反で検挙された同僚の運転する前記ライトバンに同乗していたIは、右同僚が取調べを受けている間、町道北側に駐車してある警察のワゴン車の西側(T字型交差点寄り)に、東向きに駐車中の右ライトバン助手席において(以下「<1>地点」という。)、助手席側ドアを開放して、足を町道縁石に乗せた状態で北向きに座ってタバコを吸っていたところ、本件事故を目撃した。
(五) 事故直後の状況
本件事故直後、警察官三名位が路上に散乱した用紙を拾い集めていたが、その後、一人の警察官が亡Cの方に駆け寄り、救急車を呼ぶように指示するなどした。
なお、飛び散った速度測定報告書用紙の散乱状況については、各人の供述が食い違っており、確定できない。
(六) その後の経過
警察官らは、本件事故直後に、亡Cの家族に対して搬送先の病院に行く前に事故現場に立ち寄るように連絡し、事故状況を説明した上、本件事故について警察には何ら責任はない旨弁明した。
以上の事実が認められる。
2 証人Iは、本件事故直前の状況について、D巡査長が、物を投げたか差し出したかは分からないが、右手を曲げた状態から、上から振り下ろすような感じの動作をした、右手に物を持っていたか見えなかった、振り下ろした後三〇枚くらいの白い紙が飛び散った、自動二輪車の通過後に紙が散らばったということではなく、自動二輪車か運転者かは分からないが間違いなく当たったと思う旨証言している。
Iが目撃した右警察官がD巡査長であることは明らかであるところ、D巡査長の行動についてのIの目撃証言の信用性を検討すると、目撃時のIとD巡査長との距離は二三・四メートル、本件自動二輪車との距離は二五・三メートルで、Iの矯正視力は一・二であること、実況見分調書(乙四)添付の写真4によれば<1>地点からT字型交差点方向の視界は良好であること、本件事故が発生したのは午後三時一五分で、当時晴天であったこと、Iの証言によれば、同人は自動二輪車の結構うるさい音がして、途中で加速する音を聞いたので、これは警察に止められるなと思ってD巡査長の方を見ていたというのであり、意識的に見ていたと認められること、Iはたまたま現場に居合わせただけで、殊更被告に不利益な虚偽の証言をするような理由を何ら見出せないことなどを総合すれば、事故を目撃したのが一瞬であったことを考慮しても、Iの右証言は信用性が高い。
したがって、D巡査長が手を振り下ろすような動作をしたのは亡Cの運転する本件自動二輪車の通過前であり、亡Cの眼前の進路上に本件封筒に入っていた用紙が飛び出して散乱したことが認められる。
3 証人Iは、本件事故直後の状況について、前記1(四)で認定した<1>地点で本件事故を目撃した後、一八・五メートル西側に移動し、三人位の警察官が紙を拾い集めているのをT字型交差点北東角の歩道上(以下「<2>地点」という。)で見た後、交差点西側にある用水堀を越えた空き地側の土手の部分に三〇から四〇センチメートル掛ける四五センチメートルくらいの長方形のバッグがあるのを交差点西側の県道の西端(以下「<3>地点」という。)で見た、バッグは布製の型くずれのしないもので黒っぽい色をしており閉じてあった、取っ手やジッパーの有無は分からないが黒いアタッシュケースと考えても矛盾はない、その後警察官がバッグを拾ったのを用水堀を越えた空き地で見た、そこで一人の警察官が亡Cの方へ駆け寄るのを見たが、それまでの間に警察官が亡Cの方へ駆け寄ったことはない旨証言する。
Iの本件事故直後の状況についての証言の信用性を検討すると、前記のとおり、被告に不利な虚偽の証言をする理由が何ら見あたらないばかりか、右証言は平成一〇年四月一八日に同人立ち会いの下で行われた実況見分時の指示説明と概ね一致しており、右証言も概ね信用できる。
したがって、Iの右証言によれば、Iが目撃したバッグは本件アタッシュケースと同一の物であって、Iが<1>地点で本件事故を目撃した後、早歩き程度で<3>地点まで移動した時点で、閉じた状態の本件アタッシュケースが用水堀付近に存在していたことが認められる。
これに対して、本件アタッシュケースの移動について、D巡査長は、停止合図をしようと立ち上がる際に、蓋を開けたまま置いていたアタッシュケースの机からはみ出していた角の部分に右腰辺りがぶつかって落とした旨、E警部補は、事故現場に行こうとした際、アタッシュケースが蓋の開いたまま路上に落ちているのを見て、そのままでは通行の妨害になると咄嗟に考えて拾い上げたところ、G巡査部長の「頭が割れている。駄目だ。」という大きな声が聞こえたので、亡Cのところへ持ったまま走っていく途中、邪魔になったので、県道脇に無造作に置いた旨それぞれ証言するとともに陳述書中で述べている。また、F巡査部長は、実況見分において、県道脇に置いてあったアタッシュケースを持って移動中、路上に散乱した用紙を拾うため、アタッシュケースを路上に置いたこともあるが、最終的に長机の上に戻した旨指示説明する。
右証言等は、証人Iの証言に反する内容を含んでいるのみならず、その内容を見ても、アタッシュケースの移動について不自然な点があることなどからすれば、右証言等はいずれも直ちに信用できるものとはいえない。
4 主位的主張について
前記1で認定した事実によれば、D巡査長は、両手ではなく、右手を振り下ろす動作をしていることが認められるところ、アタッシュケースの重さは約四・五キログラムであり、片手で投げるには重すぎる上、アタッシュケースが投げられたと仮定すると、用紙が飛び散っていることから蓋が開いた状態で投げられたと推認され、ますます片手で投げることが困難と考えられる。
これらに加えて、IもD巡査長が右手に物を持っていたか見えなかったと証言していること、Iの本件アタッシュケースを発見した地点についての証言も正確ではない可能性を留保したもので、用水堀の東側(県道側)にあった可能性も否定できないこと、アタッシュケースの移動状況について事実関係を確定できないものの、事故直後に散乱した用紙を拾い集めていた警察官が移動させた可能性も否定できないことなどを総合すると、本件において、原告が主位的に主張する、D巡査長が亡Cの運転している自動二輪車に対してアタッシュケースを投げつけた事実を推認するに足りる事情はないといわなければならず、他に、D巡査長が本件自動二輪車に対してアタッシュケースを投げつけたことを認めるに足りる証拠はない。
5 予備的主張について
前記1で認定した事実に加え、被告において、D巡査長が本件封筒を振り下ろした際、封筒在中の用紙七、八○枚全部が飛び散ったことを争っていないことを考え併せると、D巡査長は、亡Cを停止させようとして、右手に本件封筒を持って、速度を上げて突破しようとする本件自動二輪車の通過前に、これを至近距離から振り下ろしたため、その中に入っていた用紙七、八〇枚がすっぽり抜けて飛び出し、亡Cの眼前の進路上に散乱した事実を認めることができる。
これに対して、D巡査長は、自動二輪車の音を聞き、いすに座ったまま振り返った際、走行してくる自動二輪車が見えた、もう一度向き直り、停止合図をするため、机の上にあった封筒を持って立ち上がった時、E警部補と重なっていた自動二輪車が向かって右側に出てくるように見えた、急いで大きく一歩踏み出し、右手に持った封筒を右の肩口から前に差し出すように振り下ろしたところ、自動二輪車が通過した直後に封筒から用紙がすっぽ抜けて飛び散った旨証言し、また、本件自動二輪車を見ないまま、立ち上がりながら、停止合図のため差し出そうとして耳の辺りまで持ってきたときに、E警部補の右側に自動二輪車が見え、間に合わないと思ったが、そのまま差し出した旨証言する。
しかしながら、右証言は、証人Iの証言に反するのみならず、その内容自体を見ても、本件自動二輪車を見ないまま封筒を差し出したり、間に合わないと思ったがそのまま差し出したなど、停止合図をする警察官の行動として明らかに不自然な点があり、採用の限りでない。
また、E警部補は、本件自動二輪車が通過してすぐ振り向いた時、宙に、八○枚には見えなかったが何枚か紙が舞っているのは見た、本件自動二輪車が通過した段階で、紙が視界の中に入っていなかったということは、通過後に紙が散らばったからとしか考えられない、アタッシュケースの付近に一〇枚程度散乱しているのは見たが、亡Cのところへ行っていたので、どのようにどれだけ散らばっていたかはっきり見ていない旨証言する。
しかしながら、E警部補は、本件事故直前のF巡査部長やG巡査部長の行動については詳細に証言する一方、事故後の経緯に照らして異常で印象的な出来事であるはずの用紙が飛び散って路上に散乱した状況についてはあいまいな証言しかしていないことなどからすれば、瞬時の出来事であったことを考慮しても、採用の限りでない。
6 違法な過失行為について
警察官は、異常な挙動その他周囲の状況から合理的に判断して何らかの犯罪を犯したと疑うに足りる相当の理由のある者を停止させて質問し、また、現行犯人を現認した場合には速やかにその検挙又は逮捕にあたる職責を負うものである(警察法二条、六五条、警察官職務執行法二条一項)から、右職責を遂行するために被疑者を停止させる行為をすることはもとよりなしうるところである。
前記1で認定した事実によれば、亡Cは、制限最高速度違反、整備不良車両運転禁止違反、ヘルメット着用違反を犯したのみならず、複数の警察官の停止合図にもかかわらず、停止するどころか更に加速して逃走を企てたものであって、いわゆる挙動不審者として速度違反行為等のほかに他の何らかの犯罪に関係があるものと判断しうる状況にあったのであるから、交通取締りにあたっていた警察官であるD巡査長が本件自動二輪車を停止させる行為に出ることはもとより相当であると認められる。
しかしながら、警察官がいかなる方法、手段によっても停止させることが許されるわけではなく、自動二輪車を停止させるに当たっては、その走行態様や道路状況から、その停止行為によって運転者の生命・身体に対する侵害を発生させる具体的危険性が予見される場合には、それを回避すべき義務があるというべきである。
本件において、D巡査長は、切り開かれた本件封筒に一枚一枚分離した速度測定報告書用紙が七、八○枚が入っていることを認識していたのであるから、それを本件自動二輪車の通過前に至近距離から振り下ろせば、用紙がすっぽり抜けて飛び出し、亡Cの眼前の進路上に散乱することを予測しえた上、本件事故現場付近の大田原・氏家線の幅員は四メートル前後で、緩やかなS字カーブとなっていることや、亡Cの前記運転態様等からすれば、自動二輪車の特性、すなわち、安定性に欠け、運転者が視界を妨げられたり予期しない障害の出現によって動揺すればその運転操作に重大な支障を生じる可能性があることに照らして、亡Cにおいて、本件自動二輪車の進路上に飛び出し散乱した用紙によって、視界を妨げられたり、驚愕するなどしてその運転操作に支障を生じ、事故を発生させる具体的な危険性があることを予測しえたものと認められる。このような場合、D巡査長としては、停止合図の認識性を高めるのであれば、本件封筒以外のものを使用するか、若しくは本件封筒を使用するとしても内容物が飛び出して運転操作に支障を生じさせないような態様で使用すべきであったにもかかわらず、これを怠ったものというほかない。
したがって、D巡査長が速度測定報告書用紙七、八○枚が在中する封筒を本件自動二輪車の通過前に至近距離で振り下ろし、その結果、亡Cの眼前の進路上に用紙を飛び出させ散乱させる行為は、停止の方法として不相当なものであって、違法な過失行為といわざるをえない。
7 因果関係
また、本件は、亡Cが、本件封筒から飛び出して進路上に散乱した用紙に視界を妨げられ、あるいは驚愕して運転操作を誤り、その直後に本件事故が発生したこと、本件事故現場付近の状況、自動二輪車の前記特性を総合すれば、D巡査長の前記違法な過失行為により本件事故が発生したものと認められるから、因果関係も肯定される。
二 争点2(損害額)について
1 亡Cの逸失利益(請求額金五一五二万二七九九円) 金五一五二万二七九九円
証拠(甲三)並びに弁論の全趣旨によれば、亡C(昭和五四年八月二〇日生)は、本件事故当時一八歳の高校三年生であり、本件事故に遭遇しなければ少なくとも一八歳から六七歳まで就労が可能であったこと、亡Cは右就労により一八歳から六七歳までの間、収入を得ることができたが、その額については、平成一〇年度賃金センサス産業計・企業規模計・高校卒の男子労働者の全年齢の平均収入年額五六七万一六○○円を下らないことが認められる。
右収入額を基礎として、生活費を五〇パーセント控除し、稼働可能期間である四九年間に対応するライプニッツ係数一八・一六八七を乗じて年五分の割合の中間利息を控除して算出すると、亡Cの逸失利益は次のとおりとなる。
五六七万一六〇〇円×(一―〇・五)×一八・一六八七=五一五二万二七九九円(一円未満切り捨て)
よって、亡Cの逸失利益は金五一五二万二七九九円である。
2 亡Cの慰謝料(請求額金二〇〇〇万円) 金二〇〇〇万円
本件訴訟に現われた資料を総合勘案すると、亡Cの死亡による慰謝料は、金二〇〇〇万円をもって相当と認める。
3 亡Cの相続関係
原告らは亡Cの両親であるから、亡Cの死亡により、亡Cの被告に対する金七一五二万二七九九円の損害賠償請求権を法定相続分に従って二分の一ずつ相続し、各自金三五七六万一三九九円(一円未満切り捨て)の損害賠償請求権を取得した。
4 亡Cの治療費等(請求額計金六万六〇八〇円) 各自金三万三〇四〇円
証拠(甲四の一ないし三)により認められる。
5 葬儀費(請求額計金一二〇万円) 各自金六〇万円
弁論の全趣旨により認められる。
6 合計 各自金三六三九万四四三九円
三 争点3(過失相殺)について
前記認定の事実によれば、亡Cは、制限最高速度違反、整備不良車両運転禁止違反、ヘルメット着用違反の交通法規に違反していたにもかかわらず、警察官が交通取締りを行っており、停止合図をしていることを知るや、停止するどころか更に加速し、停止合図を無視して強行突破しようとしたものであること、本件事故の発生には、本件事故当時、亡Cが制限最高速度を大幅に上回る高速で走行していたことも大きく影響していると認められること、本件自動二輪車のハンドルは変形ハンドルで、手首が不自然に曲がってアクセル・ブレーキ操作に支障を来すのみならず、その形状からハンドル操作にも支障が生じるもので、ハンドル操作の不適切も本件事故に影響を与えていると認められること、頭蓋骨骨折等による脳挫傷による死亡については、ヘルメットを着用していなかったことが影響を及ぼしたとみることができることなど諸般の事情を併せ考慮すれば、本件における亡Cの落ち度は重大であるといわざるをえない。
以上のような諸般の事情を総合考慮すれば、本件の事故発生について、亡Cには九割の過失があると認めるのが相当であり、その損害に九割の過失相殺をすべきである。
したがって、原告ら各自の損害金合計三六三九万四四三九円に過失相殺した損害額は、各自につき金三六三万九四四三円(一円未満切り捨て)となる。
四 弁護士費用(請求額計金七〇〇万円) 各自金三五万円
本件事案の内容、審理経過、本訴認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、各自金三五万円と認めるのが相当である。
第四結論
以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、原告ら各自が被告に対し国家賠償法一条一項に基づく損害賠償金として、それぞれ金三九八万九四四三円及びこれに対する平成一〇年二月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 永田誠一 裁判官 林正宏 裁判官 蛭田振一郎)